御祭神

大国魂神・ 大己貴神 ・少彦名神

由緒・沿革

  鷹栖神社は、明治28年6月15日の旧鷹栖村戸長役場開庁にあたり、その庁舎内に「神名を招じて鎮座」された時を創祀とき、翌年には役場敷地内に祠が建てられ遷座奉仕されました。

  明治31年には鷹栖村の鎮守創建の機運が高まり、近文5線6号(現在地)を神社敷地に払い下げの出願を行いましたが、この地は近く開設される第七師団敷地に含まれておりました。
  翌年渡辺侍従武官が来村の際、この出願地に休息所設けて同時に奉遷致しました。その甲斐あって神社予定地は師団敷地から除かれ師団の設置と同時に社殿(拝殿)も建立されました。道庁より公認神社として創立の許可を得るには更なる歳月を要する事と為りましたが、大正二年三月十九日付けをもって創立の許可が下り、札幌神社(現北海道神宮)より御分霊分祀の祭典が斎行され、八月十九日御鎮座際を盛大に挙行、翌二十日に開拓三神(大国魂神・大己貴神・少彦名神)を主祭神とし、最初の例祭が行われました。
 その後も幾多の紆余曲折を経て、大正五年には村社、大正十一年には郷社へ列格。昭和十七年には本道農村では初めて縣社に昇格。以後旧鷹栖村地域を中心に氏神さまとして地域の人々の心のよりどころとして厚く崇敬・祈願の対象とされております。